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音楽にイカレテない若者なんて、いなかったのだ。

MADE GLORIOUS SUMMER / NICK WAPLINGTON(3冊セット、全世界500部限定)

 


パンクミュージックの嵐が吹き荒れる1979年から84年のイギリス。若きニック・ワプリントンは、政治や、女や、写真や、レコードに翻弄されながら、世界を、そして自分自身を理解しようともがいていた。亡くなった原発技術者だった父、夢中になった数々のレコード、白黒やカラーの断片的写真、美しい森、イギリスの暗い海。彼の遠い記憶が、見る者の脳につながる。写真集というメディアでしか、成すことができない表現のカタチ。





●はじめに


この本の写真達は、2009年秋のウォキングの色彩豊かな景色以外は全て1979年から1984年の間に撮られたものである。本にある思い出の品々は僕が当時集めていたもので、このような時のために置いていたもの、いくつかこれまでに僕が見つけた例外もあるが、全てのレコードは当時買った7インチシングルだ。今回はシングルのみと、制限する事に決めた。そうしなければプロジェクトとして手に負えなくなってしまうから。白黒の写真は1980年から1985年の間に全て撮ったもので、僕の最初期の作品を代表するものだ、まぁ作品として呼べるのならばだが!この時期に僕が撮ったカラー写真もいくつかあるが、僕の友達が僕のカメラで僕を撮ったものもいくつかある。一つ言っておくべき事がある、この本はその時期の中間、僕の家族がサリー州ウォキングからウエストサセックス州ステイニングへ引っ越した時のことも含む。なので、この本は両方の場所を含む。僕はウォキングのハイランズ・カウンティー・セコンダリー・スクールとスタイニングのスタイニング・グラマースクールに通った。この本はその当時この二つの学校に通っていた皆にささげる。


最後に、ウォキングのバーンズベリー中学校に在学していたチャールズ・エドワード・ウィルソン(チャーリー・ウィルソン)の居場所をもし誰か知っていたら、大変感謝致します。


ニック・ワプリントン


●発行者は語る


音楽が全てのキングであり、
音楽を通ってないヤツなんて何もない、
と、信じられていた時代があった。

若者は自分のfacebookを楽しく演出することより、
「今、何を聴くか」に熱中していた。

我々にはスマートフォンも、ネットもなかったから、
まだ麻薬的な暇つぶしにボロボロにされてたワケじゃない。
いまじゃ、本物の暇、天然ものの暇は、絶滅の危機に瀕している。

あの頃、我々の手には扱いに困るほどの暇があり、金儲けの手段も、話し相手も、少なかった。
我々は世界というものに怯えていたが、怒ってもいた。
そして、それらを全部、音楽は真っ芯で受け止めてくれた。

本物の暇とは、自由と言ってもいい。
自由は暇から生まれ、暇は水となり、我々の切り傷だらけの心を癒し、どつき、研磨した。

今では信じてもらえないような、そんな時代が、確かにあったな。
ニック・ワプリントンの本がやっとあがって、そんなことを考えた。

大森秀樹(PowerShovel.Books)


●作者の言葉(写真集収録の本人の文章より)

1979年から10年間続いたサッチャーの時代と、2012年の今。この2つの時代の類似性が、私の頭から離れなくなった。考えれば考えるほど、今は過去に近づいていくようだ。

石油価格の高騰が経済を破壊し、イギリス各地の石油精製所でストライキが多発している、というニュースが、今日の午後、飛び込んできた。インフレが引き金になり、ゴミ収拾人やタンカーの運転手が蜂起した30年前のストライキとまるで同じだ。1978年の「不満の冬」と呼ばれた厳しい現実は、サッチャーを圧勝に導いたが、私にとっては、単なる不満だけの冬ではなかった。サリー州ウォーキングにある私の学校は、暖房用の石油が不足しているという理由で閉校になり、すべての生徒に6週間のホリデーが与えられた。私は、昼間はスケボー、夜はライブ、という毎日を過ごした。でも、すべてが逃避だったわけではない。14歳の私は、この自由は、政治的な混乱が与えてくれものだと知っていたし、それらが引き起こしたものすべてを見ていた。頻繁にロンドンへ出かけたが、ウォータールー駅に近づくにつれ、道路に山積されたゴミの山が見えてくる。(私は車掌の目を逃れるために、20分間の乗車時間中、いつもトイレに隠れていたから、ラッキーなことに、ゴミの匂いには慣れっ子だった。タダで乗れるのに、25ペンスも払うのはもったいないでしょ?)

ティーンエイジャーであり、大人になりつつあった私が熱中した音楽は、深く政治的だった。パンクの年頃になると、アナーキーは終わり、パンク的反逆は左翼思想に流れていった。音楽と左派政党をミックスしたRough Tradeといったレーベルのインディペンデントミュージック、ファンジン、集会やデモ行進も始まっていた。反植民地主義を掲げるRock Against Racism、反核兵器を掲げるCampaign for Nuclear Disarmament、大学のキャンパスからティーンエイジャーの寝室にまで拡大した座り込み運動。時代は抵抗と反逆に染まっていた。

1978年~79年の冬の間に、私は生まれ変わった。少し大人になったのかもしれない。スケボーやthe Undertones, the Banshees, the Buzzcocksといったチャートを席巻するパンクバンドに夢中だった男の子は、ラディカルな政治思想に傾いていった。お遊びは終わったわけではなかったが、79年は過激にとんがっていた。ティーンエイジャーの私は、お遊び以外のことに没頭するようになっていた。

パンクの政治性は実験精神と哲学そのものであった。それらはありきたりの教養なんかじゃなかった。パンクは、学校が決して教えないことを教えてくれた。そして、学校から遠く離れた大人の世界を見せてくれた。レコードショップで私は自分と似たような仲間と出会い、求めていた生き方に出会った。私は、世界を、自分自身を、理解しようともがいていたのだ。この本は、1979年から84年までの写真と、レコードやその他のコレクションを通して、時代がどう私に作用し、私がアートする人間になったのかを記録している。

この本には、過去と未来について語る、もう1つの視点がある。それは、私の父についてのストーリーだ。彼は人生を人類の進歩に捧げた末、数年前、私がティーンエイジャーの時に使っていた寝室で、息を引き取った。

父は原子力発電所で働いていた。発電所の安全分析が彼の専門だった。彼と同じ年代の多くがそうであったように、彼にとって、科学こそが絶対的な真実であった。彼は非科学的な信仰のすべてを、冷笑し軽蔑していた。科学における飛躍的進歩は人類を進歩させる。彼には勉強と知識が何よりの重大事だった。彼にとって科学的進歩は不死を実現することであった。彼は、健康的で行動的な人生を歩んでいれば、我々はやがて科学の大進歩に出会い、150歳まで生きることができると信じていた。笑ってしまうのは、彼は本気で150歳まで生きるつもりでいたことだ。彼は人生を愛し、世界の進歩を見ることが大好きだった。彼の死後に知ったことだが、彼は技術的な必要性から、1969年に原子炉の中に入っている。私がこれを書いている今、69年に原子炉に入ったエンジニアや科学者の中で、生き残っている者はいない。父は最後の一人だった。今、日本の福島の原子炉で働く作業員たちのことをよく考える。彼らの未来は、私の父の過去と同じになるのではないかと。

2004年、59歳の父は、胆管がんと肺がんを併発していると診断された。数週間の命と宣告されたが、4年生きた。それは、彼があれだけ信じていた西洋科学を捨てた結果だった。彼が信じた科学は、彼に見込みはないと告げた。しかし、自分の人生は続くと信じた彼は、ニューエイジな代替療法により病と闘った。彼が私に残した最後の言葉は、「ロンドンに行く事があったらTom's of Maineという、町では売っていない歯磨き粉を買って来てほしい。」ということだった。彼は翌朝、亡くなった。彼が死の間際にあったとき、私は彼の側に腰かけ、過去について考えていた。彼は人生の最後の数か月を、病院ではなく自宅で過ごす事を選んだ。そして、私が使っていた部屋を死に場所に選んだ。そこは、私が若かったころ、彼を滅多に中には入れなかった神聖な場所、ティーンエイジャーの現実逃避の場所であった。この部屋は、隣にバスルームがあり、日の差し込む明るい部屋だった。育ち盛りの子供にも、死ぬ直前の男にも、パーフェクトな部屋だった。彼が死んで、私は日曜の朝を、彼の死体と共に過ごした。9月の清潔な光が、窓を覆う木々の隙間から見えた。私はカメラを手にし、その人、その時間、その場所を見つめ、最後の写真を撮った。それがこの本の最初の写真だ。私たちは一周旅したようにも見えた。一つと少しの時代が経ったにも関わらず、この部屋には何かが残され、閉じ込められていた。世界はミリ単位で動いているが、私たちの人生は一周して、また振り出しに戻っている。

私は感傷的ではなかった。最後の数週間、皆がつらい思いをしたが、彼が一番つらかっただろう。そして、今、彼は放たれたのだ。遺体が持って行かれた後、私は母と一緒にビーチへ向かった。防波堤の上に私たちは立ち、フランスにつながる水路を眺めた。空はいつものイギリスの暗い灰色。私たちがそこに立っていると、雲に隙間ができて、光が小さな輪を作り、波の上で踊っているのが見えた。彼らは、父が愛しデザインした原子炉の中で踊る原子のように、ランダムに現れて、消えていった。私は今でも、真っ暗な灰色の日に家に帰るたびに、暗く濁った水の上で、彼らがまた踊ってくれる気がして、海へ出ていく。


ニック・ワプリントン



●写真集詳細

全世界 500部限定

書名:MADE GLORIOUS SUMMER
著者:NICK WAPLINGTON(ニック・ワプリントン)
発行:パワーショベル
判型:ソフトカバーA4 各80ページ 3冊セット
ISBN:978-4-9902101-7-5
定価:8,000円(税抜)



●著者紹介

NICK WAPLINGTON(ニック・ワプリントン)
ニック・ワプリントンは、1991年、写真集"Living Room" で新世代の最も注目すべき写真家として鮮烈にデビューした。イギリスの労働者階級の家族に密着したドキュメンタリーは、まるでそこにカメラが存在しないかのごとくストレートで、リアルで、スピーディーだった。リチャード・アベドンが彼を高く評価し、ドキュメンタリーの王道を行くかと思いきや、観念的な作品や、政治的な作品、ファッション的な作品、と様々な領域に進出し、なんとも形容しがたい孤高の写真家となった。http://nickwaplington.co.uk








 

●ニック・ワプリントン手書きコメント

本誌に封入されているニック・ワプリントンの手書きコメントの日本語訳がご覧になれます。








 
 

MADE GLORIOUS SUMMER
/NICK WAPLINGTON
<本体価格:8,000円(税抜)>
ソフトカバーA4 各80ページ 3冊セット
全世界 500部限定




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